免疫系における細胞交通の分子生物学的研究


 免疫応答は、組織だったリンパ組織のなかで開始される。体に侵入してきた抗原は、まずリンパ組織に運ばれて、リンパ球に対して抗原が提示される。抗原がどのように運ばれるかについて、現在コンセンサスが得られているところによると、次のようになる。たとえば、皮膚にアレルギーを起すような化学物質の暴露が起こったとしよう。表皮の中には、主要組織適合抗原(MHC) クラスII をたくさん細胞表面に表現しているランゲルハンス細胞が存在する。いわばプロフェッショナルな抗原提示細胞である。ランゲルハンス細胞は、化学物質で修飾された自己のタンパク質を細胞の中に取り込み、MHC クラスII に結合させ、細胞ごとリンパ節に移動する。いわば、リンパ管を介した細胞交通がおこる。リンパ節に移動したランゲルハンス細胞は、樹状細胞と呼ばれるようになる。もう一つの細胞交通は、リンパ球の側に存在する。抗原を特異的に認識して抗原特異的な免疫応答を起すリンパ球は、絶えず体内を循環しており、リンパ組織に出入りしている。血液循環からの入り口は、リンパ節の特殊な細静脈である高内皮細静脈 (HEV) である。抗原特異的なリンパ球は、HEV から血管の外に出て、リンパ節の組織実質に入る。ここで、抗原を提示した樹状細胞と出会う。もしもリンパ球の抗原受容体が樹状細胞に提示された抗原に合致したときには、そのリンパ球は活性化され、サイトカインを産生したり、細胞傷害性を発揮できるようになる。提示された抗原を認識しないリンパ球は、しばらくするとリンパ節から出ていき、リンパ管を通って再び血液循環に戻り、次のチャンスを待つ。この現象を、リンパ球のホーミング(より正確には、リンパ球の再循環)という。このタイプの細胞交通の研究は、近年多いに進展し、細胞接着分子セレクチンや、シグナル分子ケモカインの研究の発展のもとになった。これらの分子については、分子生物学的な研究が世界中で行われており、最近の免疫学の領域の中でもでも、主要な関心事の一つとなっている。さらに、一般に炎症を起した部位では、血管外に白血球が浸潤するが、このメカニズムも実はリンパ球ホーミングと共通する原理に基づいていることがわかってきた。 

 

 

 細胞交通は、これだけだろうか? じつは、第3の細胞交通が存在し、化学物質アレルギーに重要な貢献をしていることがわかりつつある。それは、皮膚においては真皮と呼ばれる結合組織のなかにあるマクロファージの細胞交通である。このタイプのマクロファージの細胞交通が化学物質アレルギーの感受性を決定する重要な要因であることを、我々は、明らかにしつつある。

 下の写真は、マウスの足の裏の皮膚の写真である。

 

 

 白い矢印で囲まれた領域が表皮である。表皮の中には、MHC クラスII抗原を常時強く発現しているランゲルハンス細胞(緑)が認められる。一方、真皮には、マクロファージレクチン (MMGL) を発現した結合組織性マクロファージ(赤)が存在する。この多くは、MHC クラスII抗原を強く発現していないし、逆にランゲルハンス細胞は、MMGL を発現していないのがわかる。ちなみに、この写真は、MHC クラスII抗原に対する抗体(緑)とMMGL に対する抗体(赤)で二重染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡で観察したものだ。このような事実から、ランゲルハンス細胞の細胞交通と、結合組織性マクロファージの細胞交通を独立に観察することが可能となった。


 ところで、マクロファージレクチン (MMGL) を発現しているマクロファージは、結合組織性マクロファージに限られ、組織実質のマクロファージ系細胞には発現していないことをすでに述べた。たとえば、皮膚の表皮のランゲルハンス細胞は、MMGL 陰性である。肺においては、気道粘膜上皮の中や、気道の表面側に、いわゆる肺胞マクロファージが存在する。この肺胞マクロファージは、MMGL 陰性である。一方、気道上皮の裏側や、血管の外側には、結合組織が存在し、そこには、MMGL 陽性マクロファージが多数認められる。正常な状態では、肺においてもマクロファージの組織内の局在性とMMGL の発現には、ルールがある。ところが、ある種の癌細胞が、肺に転移し転移結節を作ると、転移結節の中にMMGL 陽性マクロファージが多数見られるようになる。転移結節のなかで、MMGL 陽性マクロファージが抗腫瘍作用を発揮している可能性や、腫瘍関連抗原の提示を行なっている可能性、逆に、腫瘍組織の繊維化を助長して癌細胞の増殖を助けている可能性もある。現在のところ、この問題には、決着がついていない。

 ところで、MMGL 陽性マクロファージが転移結節に現れるのは、転移の極めて初期段階から起こることがわかった。図に示したのは、赤い蛍光色素で標識したマウス卵巣癌細胞をマウスに移植し、肺に実験的転移巣を作った後、7日目にマウスの肺の凍結切片を作り、MMGL に対する抗体(緑)で免疫染色し、共焦点レーザー顕微鏡で観察したものだ。蛍光で観察しないかぎり正常の肺胞の領域と見分けがつかないような、初期転移(赤)において、すでにMMGL 陽性マクロファージ(緑)の存在が認められ、転移した癌細胞と深くコンタクトしている様子が観察される。このMMGL 陽性マクロファージは、もともと肺の結合組織から由来した可能性が高いが、MMGL 自身が、癌転移局所へのマクロファージの細胞交通を担う分子の一つである可能性も十分考えられる。

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