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ペプチド系物質における新たなるアミノ酸構造編集経路の発見

 

本学薬学部 生薬学分野 恒松 雄太 講師、渡辺 賢二 教授らは、生体内におけるペプチド系化合物の化学構造変換について、全く新規なアミノ酸編集経路が存在することを明らかにしました。我々の身体・細胞に含まれるタンパク質は限られた約20種類のアミノ酸より形成されており、それぞれのアミノ酸の化学構造上の特徴に応じて様々な機能を発揮します。これはホルモン等の生理活性が知られるペプチド類についても同様ですが、もしもペプチドを構成するアミノ酸の種数を拡張したり、アミノ酸の化学構造自体を非天然型へと変換させたりできれば新たな機能性ペプチドを生み出すことができるはずです。

 

コウジ菌Aspergillus oryzae(アスペルギルス・オリゼー)はいわゆる「カビ」の仲間ですが、日本酒や味噌・醤油の生産に用いられることから、我が国における重要な微生物の一つと言えます。長年の食経験から本菌が安全な微生物であることは折り紙付きですが、一方で本菌により生産される抗真菌性物質「アスピロクロリン」の化学構造は、毒性物質の一つであるグリオトキシンとも類似性が認められることも確かです。そのためアスピロクロリン自身や、類似構造をもつ生合成中間体などについても毒性の有無を科学的に評価することが望まれています。このようなきっかけで、アスピロクロリンの生合成経路を解明するための静岡県立大学−ドイツ間の国際共同研究がスタートしました。ドイツの研究者Christian Hertweckらは世界に先駆けてアスピロクロリンの生合成遺伝子を発見し、この分子が2つのフェニルアラニンを原料に生合成されることを示しました。その生合成過程において、一つのフェニルアラニンのベンゼン環が失われることを予想していましたが、その反応に関わる酵素や反応メカニズムについては未解明でした。

 

今回、恒松講師らは遺伝子破壊や過剰発現、組換え酵素を用いた実験などにより、このベンゼン環の消失が起こる原因を突き止めることに成功しました。シトクロムP450酸化酵素およびメチル基転移酵素と呼ばれる二種類の酵素を基質に対して作用させると、基質のアミド窒素上の水素がメトキシ基で置換された分子が生じます(図1)。しかし、ここで生じた分子は電子的に不安定な特性を示すことから、ただちにレトロアルドール反応と呼ばれる化学反応を引き起こしてベンゼン環を切り離しました。すなわち、コウジ菌は酵素による「メトキシ化」という小さな化学構造の変化を利用して、高いエネルギーをもつ炭素—炭素結合を切断したのです。興味深いことに、この炭素—炭素結合切断が起こった以降の生合成産物にだけ強い抗真菌物質としての活性が認められました。つまり、「ベンゼン環の消失」は微生物間競争に勝つためのコウジ菌の「化学戦略」の一つであると推測され、コウジ菌がいかにして本戦略を獲得してきたのか進化的な側面にも興味が持たれます。本成果により、日本の国菌と認定されているコウジ菌Aspergillus oryzaeは日本酒や味噌の製造に用いられるだけでなく、優れた有機化学反応を行う有用な微生物であることが改めて示されました。その細胞内において、いかにしてエネルギー的に不活性な炭素—炭素結合を開裂させ抗生物質を生合成するのかという長年の疑問に一つの解が与えられたと共に、発見された酵素の機能を綿密に理解し機能改変することで、望みの位置にてアミノ酸の化学構造編集を行うことが可能な触媒の創製が期待されます。

 

本成果は、本学薬学部 生薬学分野(渡辺 賢二 教授、恒松 雄太 講師、薬学科5年生 前田 直哉、薬学科6年生 横山 葵)Leibniz Institute for Natural Product Research and Infection Biology – Hans Knöll Institute (独国)に所属するChristian Hertweck 教授らによる国際共同研究成果です。化学分野において権威のある国際化学雑誌「Angewandte Chemie International Edition(5-Year Impact Factor: 12.10) 電子版に2018815日付けで掲載されました。なお本論文は雑誌発行時には「Highly important」な成果として掲載される予定です。これは雑誌査読者による評価が極めて高い場合に付与されるものです。本研究は頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム(JSPS)、公益財団法人アステラス病態代謝研究会海外留学補助金の援助の下にて実施されました。

 

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図1.  アスピロクロリン生合成におけるメトキシ化反応を介したベンゼン環構造の消失

 

 

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図2.(左)薬学科6年生 横山葵君、(右)薬学科5年生 前田直哉君(大阪大学主催・高度先導的薬剤師養成事業、研修地ブルネイ・ダルサラーム国にて撮影)

 

〈掲載された論文〉

Enzymatic Amide-Tailoring Promotes Retro-Aldol Amino Acid Conversion to Form the Antifungal Agent Aspirochlorine

Yuta Tsunematsu, Naoya Maeda, Mamoru Yokoyama, Pranatchareeya Chankhamjon, Kenji Watanabe, Kirstin Scherlach, Christian Hertweck*

 

関連リンク:

Wiley Online Library

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/anie.201806740

 

静岡県立大学 薬学部 生薬学研究室

http://sweb.u-shizuoka-ken.ac.jp/~kenji55-lab/

 

 

 

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