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26-Feb-2015

DNA損傷トレランスの構造生物学

当研究室では, DNA損傷があってもDNA複製を続ける仕組みである「DNA損傷トレランス」に着目して, それに関わるタンパク質のX線結晶構造解析を行っています. DNA損傷トレランスはがん細胞がシスプラチン抵抗性を持つ原因である. タンパク質のX線結晶構造解析によってDNA損傷トレランスのメカニズムを原子レベル解像度で明らかにすることで, 新たながん治療のための薬剤開発の手がかりが得られます.


DNA損傷トレランスとは

私たちのゲノムDNAは様々な原因, たとえば紫外線や化学物質などの外的要因, あるいは活性酸素や代謝物などの内的要因によって常に傷ついています. DNAの傷は突然変異を起こし, ひいては発がんの原因にもなります. それらの傷はチェックポイントと呼ばれるセキュリティ機構によって監視されていて, DNA損傷を感知すると細胞周期の進行を一時的に止め, 適切なDNA修復機構によって傷を元通りにします. これによって突然変異の頻度は低く抑えられ, ゲノムの恒常性が維持されています. しかし, DNAの複製中では, DNAを合成することが優先されるためだと思いますが, 複製を止めてまでDNAの傷を治すシステムは今のところ見つかっていません. DNA複製中は, DNAからヒストンがはずされた裸の状態で, さらに安定な2本鎖ではなく, 部分的に1本鎖になっているため, とても傷つきやすい状態であるといえます. DNAに傷がつくとDNA合成酵素である複製型のDNAポリメラーゼは傷ついたところで止まってしまいます. このような複製の停止は細胞にとって非常に好ましくなく, がん化の原因になったり, 自らDNAをずたずたに切断してアポトーシスによって死滅したりします (図1).

このような場合, 細胞は, DNA損傷トレランスという仕組みによって複製を継続します. つまり, DNA損傷トレランスは, DNAに傷があってもDNA合成を止めないで, 複製を完了させる仕組みです. DNA損傷トレランスには2つの経路が知られています. 1つは損傷乗り越えDNA合成で, もう1つはテンプレートスイッチと呼ばれています (図2). 損傷乗り越えDNA合成は, 複製型のDNAポリメラーゼに代わって, DNAの傷の部分はちょっといい加減なDNAポリメラーゼがDNA合成を行います. 傷を乗り越えた後は, また複製型のDNAポリメラーゼがDNA合成を再開し,複製を完了させます. ここで登場するちょっといい加減なDNAポリメラーゼは損傷乗り越え型ポリメラーゼと呼ばれ, 間違った塩基を繋いでしまうことがあります. 一方, テンプレートスイッチは, 傷を受けていない相補鎖を鋳型にしたDNA合成です. この場合, 傷を受けていないDNAを鋳型にして正確にDNAを合成できる複製型のポリメラーゼがDNA合成を行うので, 間違えることはほとんど無いと思います. いずれの場合もDNAの傷は直されずに, 複製が継続されます. 複製が無事完了したのち, チェックポイント機構によって傷が検知され, 元通りに直されます.

このように, DNA損傷トレランスは, 損傷があっても複製を継続する重要な細胞機能ですが, 一方では, がん細胞がシスプラチンなどの抗がん剤に対する抵抗性を持つ原因になってしまいます. したがって, DNA損傷トレランスを阻害することができれば, シスプラチンの効果を高めることができたり, 副作用の強いシスプラチンの投与量を減らすことができるとがんが得られます. このような観点から, 当研究室では, DNA損傷トレランスに関わるタンパク質のX線結晶構造解析から, DNA損傷トレランスのメカニズムを原子レベルの解像度で明らかにするとともに, DNA損傷トレランスを阻害する化合物を開発するための手がかりを得たいと思っています.