脂肪族炭素のハロゲン化を触媒できる酵素は、合成および生体触媒の分野にとって非常に興味深いものです。 今回、ジクロロダイアポーチンの生合成において1,3-ジケトン基質に対してタンデムgem–dichlorination化を触媒するフラビン依存型ハロゲナーゼ(FDH)であるAoiQの反応機構解明に成功しました。 AoiQは脂肪族基質をハロゲン化できる生合成酵素として初めて機能解明されたFDHとなります。
抗生物質「ダイアポーチン」の生合成経路において、その化学構造に含まれるジクロロメチル構造がフラビン依存型ハロゲン化酵素の一種であるAoiQという酵素によって形成されることを明らかにしました。一般に、メチル基などの脂肪族炭化水素の炭素—水素結合は化学的に不活性であり、金属触媒などを用いてこの結合を開裂させるという挑戦的な研究が世界中で盛んに行われています。一方、生体触媒においても同様の反応を司る酵素が知られており、その活性中心には鉄が含まれていることが明らかにされていました。ところが、今回発見したハロゲン化酵素AoiQはその活性中心に鉄などの金属を持たず、代わりに補酵素としてフラビンを有する例となりました。驚くべきことにAoiQの酵素機能はこれだけに留まらず、そのタンパク質C末端領域に存在するメチル基転移酵素ドメインによってダイアポーチンの芳香族水酸基のメチル化が触媒されることが明らかにされました。エネルギー的に不活性な炭素—水素結合を開裂させ、炭素—塩素結合を形成するのかという長年の疑問に一つの解が与えられたと共に、酵素AoiQの機能を精密に理解し、機能改変することで望みの位置に塩素原子を自在に導入できる触媒の創製が可能になると期待されます。
本成果は、本学薬学部 生薬学分野 渡辺 賢二 教授、カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA) に所属するYi Tang教授、Leibniz Institute for Natural Product Research and Infection Biology – Hans Knöll Institute (HKI)に所属するChristian Hertweck 教授(ドイツ)らによるJSPS頭脳循環共同研究によって得られました。この研究成果は化学分野において最も権威のある国際化学雑誌「Journal of the American Chemical Society」(Impact Factor: 14.612) 電子版に2021年5月6日付けで掲載されました。

〈掲載された論文〉
AoiQ Catalyzes Geminal Dichlorination of 1,3-Diketone Natural Products
Mengting Liu, Masao Ohashi, Yiu-Sun Hung, Kirstin Scherlach, Kenji Watanabe, Christian Hertweck, Yi Tang