研究内容

心不全は増加しつつある虚血性心疾患、高血圧性心疾患の最終像であり、この問題を解決することは社会的、臨床的に極めて重要である。これまでの心不全薬物治 療は心不全において活性化される細胞外の神経・体液性因子を標的としたものであった。心不全のより根本的治療を確立するためには、心筋細胞情報伝達の最終 到達点である核内の共通経路を標的とした治療法を確立する必要がある。我々は内因性ヒストンアセチル化酵素(HAT)活性を有する p300 と GATA 転写因子群の協力(p300/GATA経路)が心不全発症における遺伝子発現調節に極めて重要であることを示した。これにより心筋細胞核のアセチル化、脱アセチル化のコントロールが心不全の進行に中心的役割を果たすことが国際的に認識されつつある。

p300蛋白を心筋に過剰発現するトランスジェニックマウスでは、心筋核のアセチル化が促進し、心筋梗塞後のリモデリングが増悪すること、HAT活性を消失したp300を心臓に過剰発現するマウスでは、心筋梗塞後のリモデリングの進行を抑制することを見いだした(Circulation. 2006;113(5):679-90.)。このことより、p300のHAT活性が心不全治療薬の標的となる可能性を示唆した。 最近、健康食品やカレーに用いる香辛料として使用されている天然物ウコンの主成分であるクルクミンがp300の特異的HAT活性阻害作用を持つということが明らかになったが、我々はこのクルクミンが培養心筋細胞肥大を抑制すること、さらには、心不全ラットモデルに投与すると、心不全の進行を抑制することを見出した(J Clin Invest. 2008 Mar;118(3):868-78)。現在、クルクミン及びその誘導体、関連物質による心不全進行抑制作用について、詳細な検討を行っており、臨床への応用を模索している。

2. 心不全発症における心筋細胞核内伝達機構に関する研究

心不全発症のキー蛋白であるp300/GATA経路を詳細に解明し、細胞内情報伝達の最終共通路を標的とした、より根本的な治療の確立を目的として、機能的コンプレックスの解析を行っている。 心筋特異的転写因子GATA4複合体を網羅的に解析するために、FLAG-HAの二重タグの付いたマウスGATA4の cDNAをレトロウイルスを用いてHeLa細胞に発現させ、核蛋白を抽出した。その後、FLAGとHAの抗体をもちいて、GATA-4複合体のタンデム・アフィニティー精製をおこない、結合蛋白をCBB染色にて確認した。マススペクトメトリーと蛋白データーベースから、GATA4複合体を構成する蛋白を網羅的に解析し、73個の結合蛋白を同定した。蛋白同定に関しては、共同研究者である、Harvard Medical SchoolのSteven P. Gygi教授が新たに開発したLC/LC-MS/MS法を用いて網羅的に解析を行った。現在、これらの因子の心筋細胞でのGATA4との結合の変化、心筋細胞肥大における役割などを検討している。

J Biol Chem 2010;285(13):9556-68