研究内容

当講座では、主に糖尿病関連疾患の病因解明や治療薬開発をめざした基礎研究を行っています。

血糖調節において中心的な役割を担っている膵内分泌細胞、及び脂肪肝などにおける肝線維化の責任細胞である肝星細胞を主な研究対象としています。

薬理学的解析はもとより、電気生理学、生化学、分子生物学、遺伝子工学的解析を駆使して、“分子レベルから個体レベルまで”をモットーに研究を行っています。特に、細胞内分子動態のリアルタイム測定などの生細胞での解析を軸として、ホルモン分泌や形質変化、アポトーシスなどに対する一酸化窒素やフラボノイド類などの効果や糖毒性や脂肪毒性などによる影響を、細胞内シグナル伝達の解明に重点を置いて研究を展開しています。また、幅広い天然物素材をターゲットとして、ユニークな薬理活性を持つ新規生理活性物質の探索も行っています。

近年の「科学技術重要施策アクションプラン」の重点的取り組みに掲げられているように、増え続ける糖尿病に対する新しい治療を開発することは、焦眉の課題です。我が国の糖尿病の大半を占める2型糖尿病の原因としては、膵B細胞からのインスリン分泌障害の占める割合が大きいことが臨床研究より明らかになっています。よって、2型糖尿病の病因を究明し糖尿病治療薬を創出するには、膵B細胞におけるインスリン分泌のメカニズムを明らかにすることが必要です。私たちは、分子スイッチであるGタンパク質に着目し、膵B細胞でインスリンを蓄えている小胞(インスリン顆粒)の動態が時間的・空間的にどのように制御されているのかを解析しています。

 Gタンパク質は、GTP型が活性型(スイッチのオン)でGDP型が不活性型(スイッチのオフ)とこれまで考えられてきました。私たちは、GDP型のGタンパク質(Rab27a)に結合し、下流にシグナルを伝える分子(coronin3、IQGAP1)を世界に先駆けて発見しました。私たちは、「GDP型依存性エフェクター」の概念を提唱し、低分子量Gタンパク質ではどのくらい普遍的な現象であるのかを検討しています。

 さらに私たちは、開口放出により細胞膜に融合したインスリン顆粒膜を再び細胞内に取り込むことで(エンドサイトーシス)、細胞の容積を分泌後も一定に保つメカニズムを明らかにしました。インスリン分泌刺激であるグルコースは、同時にエンドサイトーシスに関わるタンパク質群(coronin3とRab27a)を足場タンパク質(IQGAP1)を介して細胞膜近傍にリクルートします。リクルートされたcoronin3は、GDP型Rab27aと結合することで細胞骨格(アクチン)を束ね、エンドサイトーシスを制御することがわかりました。これは、GDP型依存性エフェクターのシグナル伝達を明らかにした最初の報告です。

 グルコースによりRab27aがGDP型に変換される私たちの結果と合わせると、GTP型とGDP型間でのRab27aの「サイクリング」は、膵B細胞内での顆粒膜の「リサイクリング」と同期していることを示しています。インスリンの開口放出、あるいはその上流に介在する分泌機構に関する報告は枚挙にいとまがありません。しかし、エンドサイトーシスの制御はほとんど手がつけられていないと言って過言ではありません。私たちは、開口放出後のインスリン顆粒膜の動態とその制御機構の解明から、インスリンの新しい分泌制御機構を明らかにすることを目的としています。

 糖尿病はインスリン作用不足による慢性の高血糖状態を主徴とする代謝性疾患です。糖尿病患者数は食生活の変化、ライフスタイルの変化により全世界的に増加の一途をたどっています。世界の糖尿病人口は2019年には4億6000万人が罹患しており、2045年までに7億人まで増加すると推定されています。日本においても、糖尿病予備軍を合わせ、患者数は2000万人にのぼり、今後も拡大していくと推測されています。糖尿病は主に、自己免疫疾患である1型糖尿病と、普段からの生活習慣が引き金となり、インスリン分泌不全やインスリン作用不足を引き起こす2型糖尿病に大別されています。患者数は2型糖尿病のほうが圧倒的に多く、日本では95% 以上を占め、2型糖尿病の予防と克服は、焦眉の課題となっています。
 2型糖尿病は、膵β細胞インスリン分泌機能の障害や、β細胞量の低下が引き金となることが知られ、当研究室では糖尿病の発症・進行を食い止めるために、膵β細胞機能および細胞量低下の抑止を目指し膵β細胞機能の解析を行ってきました。方法として、マウスおよびラットより膵島を単離したもの、および膵β細胞株を用い、多種の刺激に対するインスリン分泌反応や、遺伝子・タンパク質発現の解析、遺伝子組み換え動物や遺伝子組み換え実験により、インスリン分泌やβ細胞機能維持に関わる分子・物質の探索や機能解析を行っています。これまでに、中性脂質であるジアシルグリセロールを代謝する酵素であるジアシルグリセロールキナーゼがインスリン分泌機能やβ細胞増殖機構に重要な役割を果たしていること、各種天然物に含有されるフラボノイド成分が膵β細胞機能維持に寄与することなどを見出しています。こうした研究を通じβ細胞機能維持による、膵β細胞を標的とした新たな糖尿病発症予防法、治療法の開発を目指しています。

 肝非実質細胞の一つである肝星細胞(Hepatic stellate cell: HSC)は、肝傷害時に活性化され、コラーゲンを産生・分泌する筋線維芽細胞様の形態を示します。そのため、活性型HSCは肝線維化の責任細胞と考えられています。現状、進行した肝線維化の治療は難しいとされるが、静止型HSCがコラーゲンなどの細胞外基質を分解するmatrix metalloproteinase(MMP)を分泌することから、活性型HSCを静止型HSCへと脱活性化できれば、肝線維化も治療可能であると考えられます。